”このお寺の創立は◯◯年で、●●という歴史があって、、、”
という説明書きがあったり、住職が説明されることがよくあると思います。
先日、同じ宗派のお寺参りをした時もそうでした。
では、実家のお寺はどうかというと、
住職が祖父の頃までは、子どもながら何となく記憶がありますが、それ以前のことは全く聞いたこともなく、知りませんでした、、、。
無性にツールを知りたいという意欲を掻き立てられ、最近はお寺のルーツについて研究しています。
漢文で書かれた昔の書物を解読することになるので、一度読んだけだけでは理解ができず、何度も読み返すうちに理解できたり、違う箇所に書かれた文章が繋がったりして、謎解きゲームのようでなかなか楽しいです笑
まず、村誌によると、由緒は不明ですが、室町時代の1532~1558年に創立したようです。
そして、12世住職が残された寺籍録によると、江戸時代の火災での全焼、明治時代の廃仏毀釈による破壊という2度の危機的状況を、当時の住職の努力や、檀家やご近所の方々によって支えられ、乗り越えてきたという事実も知りました。
今の本堂は明治33年(1900年)築で、明治の復興の際に建てられたということになります。
また、江戸時代、村内には4箇所お寺がありましたが、廃仏毀釈によって復興したお寺は2箇所、残りの2箇所は廃寺になったそうです。。。
奥が本堂。 |
12世住職直筆の寺籍録。 |
でも、書物だけでは限界があります。分からないことだらけです。。。
今の住職に聞いても分からない。どうしたものかと困っていたら、
12世住職の娘さんがご健在であると風の便りに聞き、居場所を教えてもらい会いに行ってきました。
戦前の頃は小僧さんと共同生活をしていたこと、
戦前は、かなりの農地を持っていたが、戦後の農地開放政策により農地を手放したこと、
人が集まりやすくするためにお寺の移転計画があったこと、
12世住職が住職だった頃は移動手段がなかったため、山を越え谷を越え、ひたすら歩いて檀家さんのお宅まで通ったこと、
などなど、22歳まで過ごされていた方ならではのリアルなお話がお聞き出来ました。
現在14世。
私が継ぐことになれば15代目ということになります。
先代の住職はどんな想いで毎日のお勤めをされ、また数々の困難乗り越えられてこられたのでしょう。
先代住職の想いに馳せながら、日々の精進に心がけていくことを再認識した今日この頃です。
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